【釈正輪メルマガ6月11日号】日々是好日

【布施の尊さ】

季の兆しに「御田植神事(おたうえしんじ)」があります。六月の田植え時期には、全国各地で、田の神さまに豊作を祈る祭りが行われます。なかでも、早乙女たちによる、昔ながらの田植や、田植唄が見られるのが御田植神事です。

大阪の住吉大社では、十四日に御田植神事があります。八人の神楽女による、八乙女の田舞などの踊りや、舞が奉じられます。現代、機械化の進んだ新しい農業では、一般に田植え時期も早まっていますが、地方ではまだまだ伝統の御田植祭が、受け継がれています。

早乙女の 重なり下りし 田植かな

高濱虚子

また幾日がたちました。長者はサーヤが急に明るくなったことに気づきました。いつも楽しそうに働いています。長者はサーヤを呼んで、話を聞いてみたくなりました。「サーヤ、いつもニコニコしているね。何か嬉しいことがあったのかい」「はい!私のようにお金や財産が全く無い者でも、思い遣りの心さえあれば、七つの施しができると、お釈迦さまは教えてくださいました。私にもできる布施があったと分かって嬉しくて…」これは『雑宝蔵経(ぞうほうぞうきょう)』に説かれている有名な「無財の七施」という教えです。

簡単に説明致しましょう。
一、眼施(げんせ)温かい眼差しで接すること。
二、和顔悦色施(わげんえつしょくせ)明るい笑顔、優しい微笑を讃えて人に接すること。
三、言辞施(ごんじせ)心から優しい言葉をかけること。
四、身施(しんせ)肉体を使って人や社会のために働くこと。
五、心施(しんせ)「ありがとう」「すみません」などの素直な言葉を述べること。
六、床座施(しょうざせ)場所や席を譲り合うこと。
七、房舎施(ぼうしゃせ)訪ねてくる人があれば一宿一飯の施しを与え、労をねぎらうこと。

二千六百年も前に釈迦が説かれた教えですが、このような心掛けは、殺伐とした現代にこそ必要ではないでしょうか。
サーヤは長者に向かって、笑顔で話し続けます。「私には二番目の『和顔悦色施』が出来そうなので、一生懸命に優しい笑顔で接するように努力しているのです」「笑顔でいることは、そんなに良いことなのかい」「はい。暗くて悲しそうな顔をすると、周りの人も辛くなるし、自分も惨めな気持ちになります。

苦しくてもにっこり笑うと、気持ちが和らいできます。周りの人の心も明るくなります。いつもニコニコしようと決心したら、親がいないことや、つらいなと思っていたことが、だんだん辛くなくなりました。泣きたい時も、にっこり笑ってみると、気持ちが落ち着いてくるんです」黙って聞いていた長者は、胸が熱くなってきました。「サーヤよ。そんなに良いお話、私も聞きたくなった。お釈迦さまの所に連れて行っておくれ」給孤独長者はサーヤと一緒に、釈迦の説法を聞きに行きました。

長者の感激は大変なものでした。これまでの人生を深く反省した長者は、この喜びを多くの人と分かち合いたい。そのためには、皆が一堂に集まって説法を聞くことができる精舎(寺院)が必要だと考え、釈迦の許しを得て、その場所を探し求めました。全ての条件を満たした場所は、祇陀太子が所有している林です。長者は太子に土地を譲って欲しいと申し込むも太子は拒絶します。何度何度も頼みに行ったのです。「何故そこまで」「ここに精舎を建立し、お釈迦さまに寄進するのです。私だけのためではありません。この国の全ての人に、お釈迦さまのお話を聞いて貰いたいのです。例えどれだけの金貨を蓄えていても、死んで行く時は持っていけません。それならば、多くの人々が幸せになれるように使いたいと思ったのです」太子の心は大きく動きました。

「私にもお手伝いをさせてください。この林も木も全て寄進致します」かくて、精舎の建立が始まったのです。長者は思いました。「私一人の財力でも建設は可能だ。しかし、幸せのタネを私が独り占めしてはいけない。より多くの人に参加してもらった方がよい」そこで町の中に、次のような立て札を立てました。「お釈迦さまのご説法を聞かせて頂くための精舎を建立します。この大事業に参加したい人は、どんな小さな物でも構いません。布施(寄進)を受けます」これには人々は驚きました。布施はお金持ちしか出来ないと思っていたからです。自分も参加させてもらえるという喜びが、人々の間に広がっていきました。

こうして広大な精舎が落成し、「祇樹給孤独園(ぎじゅぎっこどくおん)」と名づけられました。「祇樹」とは、祇陀太子が寄進した樹林を意味し、「給孤独園」は、給孤独長者の買い取った園地(土地)を指します。略して「祇園精舎」と呼ばれるようになりました。
奈良の東大寺も多くの日本人の寄進から建立されているのですよ。それを大勧進とも申します。

釈 正輪 合掌

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