【釈正輪メルマガ5月21日号】日々是好日

【往生の意味】

小満の候。
やわらかな若葉もくっきり色濃くなり、畑の麦は実りの季節を迎えました。
旧暦四月(現在の五月)は、卯の花が咲く季節であることから、「卯月」と呼ばれます。ほかにも卯月の「う」は「初」や「産」を意味し、一年のめぐりの最初を意味したという説もあります。

また、旧暦四月は空が晴れて、清らかな温かい気に満ちあふれる時節であることから、「清和月」の異称もあります。現在も「清和」は初夏の季語です。言葉の由来ははっきりしないらしく、平安貴族に広く愛読された『白氏文集』には、「四月天氣和且?(四月の天気は、和にして且つ清し)白楽天」とあり、また『源氏物語』の光源氏も、旧暦四月に心地よい空を見上げながらこの句を口ずさんでいます。

また「清和」には、「世の中がよく治っていて、穏やかなこと」の意味もあります。新元号「令和」を彷彿致しますが、初夏の清々しい空のように、曇りない平和な世の中を、いつの時代も人々の心にある願いなのでしょう。

合掌

白氏文集卷十九
七言十二句、贈駕部呉郎中七兄 白居易

四月天氣和且清 緑槐陰合沙堤平
獨騎善馬銜鐙穩 初著單衣支體輕
退朝下直少徒侶 歸舍閉門無送迎
風生竹夜窗間臥 月照松時臺上行
春酒冷嘗三數盞 曉琴閑弄十餘聲
幽懷靜境何人別 唯有南宮老駕兄

四月の天気はなごやかで、かつすがすがしい。
槐(えんじゅ)の並木の葉陰は一つに合さり、砂敷きの路は平らかに続いている。
独り良馬に乗り、馬具の音も穏やかに、
初めて単衣の服を着て、体は軽やかだ。
朝廷を退出し宿直を終えて、従者も無く、
帰宅して門を閉ざせば、送り迎えの客も無い。
風が竹をそよがせる夜、窓辺に横になり、
月が松を照らす間、高殿の上をそぞろ歩く。
よく冷えた春酒(はるざけ)を数杯なめるように飲み、
暁には琴をひっそりと僅かばかりもてあそぶ。
この奧深く物静かな心境を誰が分かってくれるだろう。
ただ南宮に居られる駕部郎中の呉七兄のみである。

毎年冬になると、「大雪で車が立ち往生」と、必ずテレビや新聞で報道されます。何年か前の出来事でしたが、国道が雪に覆われ、千台以上の車が進むことも戻ることも出来なくなったのです。このように、困ったこと、大変な事態が起きたときに、「往生」や「立ち往生」という言葉が使われています。これは最も多い、「往生」の誤用です。
「往生」は、仏教の目的を表した大切な言葉です。本来、「困った」という意味は少しもないのです。また「往生」は、安らか死ぬこととか、立派な死に方をすることを指して使われています。しかし、死に方と「往生」とは、全く関係がないと、仏教では教えています。ドラマや小説などで、「往生際が悪い」というセリフを、見たり聞いたりしたことがありませんか。吉川英治の『新・平家物語』には、こんなシーンがあります。

義経の命を狙って矢を射った曲者を、弁慶が捕らえました。押さえつけられた曲者は、必死に抵抗して逃げようとしますが、弁慶は、「まだ足掻くか。往生際の悪い奴」と叫びます。このように、「諦めが悪い」「未練がましい」という意味も、「往生」には全く関係がありません。では、「往生」とはどんな意味なのでしょうか。仏教でいう「往生」には、二つの意味があります。

「生かされて往く」と読む往生と、「往って生まれる」という意味の往生です。まず、「生かされて往く」と読む往生は、阿弥陀仏の本願に救い摂られて、「絶対の幸福」になったことを言います。

次に「往って生まれる」と読む往生は、阿弥陀仏の本願に救われた人が、死ぬと同時に、阿弥陀仏の極楽浄土へ往って、仏に生まれることをいいます。どちらの意味に解釈しても、マイナスの暗いイメージではありません。

釈 正輪 拜

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