釈正輪講和会

歴史、伝統、文化をお伝えしながら皆さんの生活にお役に立てる様、学び活かしていける講話会を開催しています。

【釈正輪メルマガ4月23日号】日々是好日

【帰命無量寿如来 南無不可思議光】

葭始生(あしはじめてしょう)ずの候。

川辺を歩いていますと、葦牙(あしかび)を見かけます。葦牙とは、葦の若芽のことで、葦のとんがった若芽の先は、まるで牙のように水面に伸びてくるので、他に葦の角などとも呼ばれます。葦(あし・よし)は、水温(ぬく)む春を表す季語になっています。『古事記』によれば、天地がまだ混沌としているなかから、水辺の葦牙が萌え上がるようにして神が現れたとされています。それで古代日本は「葦原(あしわら)の瑞穂の國』などと表現されてきました。水辺に広がる葦原は、日本の原風景なのですね。

合掌

葦牙の ごとくふたたび 国興れ

長谷川櫂

和歌の浦の 潮みち来れば 潟をなみ
葦べをさして 鶴(たづ)鳴きわたる

万葉集 山部赤人

難波人 葦火たく屋の 煤(す)してあれど
おのが妻こそ 常めづらしき

万葉集
葦邊(あしべ)ゆく 鴨の羽交(はがひ)に
霜降りて 寒き夕(ゆふべ)は
大和(やまと)し思ほゆ

万葉集 志貴皇子(しきのみこ)

人間は考える葦である

パスカル・17世紀のフランスの物理学者、哲学

私は他宗の御寺院より説法(説教)会の依頼を受けることがあります。その中でも浄土真宗(東本願寺派・西本願寺派)の寺院からの依頼が多くあります。説法会には檀家さんの方々が集まります。そこで私が話をするのは、浄土真宗の開祖親鸞上人の書かれた『正信偈(しょうしんげ)』についての話を中心にします。

何故なら、正信偈こそ、親鸞の仏教思想が凝縮されているからです。「帰命無量寿如来 南無不可思議光」から始まるその経は、親鸞自らが作った経です。浄土真宗の方々は、朝夕の勤行(おつとめとも言います)では必ず読み上げます。

簡単に解説しますと、まず、「無量寿如来」「不可思議光」とは、ともに阿弥陀如来という仏さまのことです。また阿弥陀如来には、その徳に応じた名前が二十以上あります。一般には馴染がないのですが、「無量寿如来」とか「不可思議光如来」と言った名前が先の名前です。

次に「帰命」と「南無」は、仏に帰依するとか、救われたと言った意味になります。つまり親鸞は、阿弥陀如来に救われた。阿弥陀如来に助けられたということを言っているのです。ここで大切なことは、「何が救われたのか」ということです。親鸞の言う「救われる」とは、仏教の根幹である、「心が救われる」ことで、病気が治って救われたとか、お金によって救われたとかいうものではないのです。親鸞は今から約八百年前、京都で生まれました。幼くして両親が他界し、わずか九歳で天台宗の僧として出家をします。その後比叡山で仏道修行に励むのです。天台宗は、釈迦の説かれた『法華経』の教えに従い、怒りや欲、恨みや妬みなどの煩悩と闘い、悟りを得ようとする自力の教えです。そのため、修行は峻烈を極めるもでした。

しかし二十年間も修行に打ち込んでも、人生の不安な気持ちは、一向に解決できませんでした。そこで親鸞は、比叡山を下りる悲壮な決断をしました。やがて、京都の吉水で、阿弥陀仏の本願(約束)を説く、法然上人に巡り会います。阿弥陀仏は、全ての人を必ず救うといわれます。親鸞は、雨の日も風の日も吉水へ通い、法然の法話を聴聞するうちに、『弥陀の本願』を知ります。建仁元年、時に親鸞二十九歳でした。このように、阿弥陀如来の本願を表記したのが、正信偈の冒頭の言葉なのです。

釈 正輪 拜

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