釈正輪講和会

歴史、伝統、文化をお伝えしながら皆さんの生活にお役に立てる様、学び活かしていける講話会を開催しています。

【釈正輪メルマガ4月16日号】日々是好日

【尊い人間の命で、何をすべきなのか】

「雨前茶」をご存知ですか。中国では、清明が訪れる四月五日ごろより手前に摘んだ茶葉を、「明前茶」といいます。爽やかな香りに、ほのかな甘みのある味わいで、日本でいう一番茶のようなもの。そして清明のころには雨前茶という、明前茶より味わいに深みのある茶葉がとれます。

また春分前に摘まれた茶葉は、分前茶と呼ばれ、最上のお茶とされますが、気候が寒い年はとれないこともあるそうです。雨後の虹があらわれはじめるこの時期は、いよいよ新茶の季節でもあります。

合掌

初虹や 白川道を 花売女

中西四明

今日も縦横無尽に走る電車が止まりました。昨日も一昨日もやはり止まりました。人身事故です。事故といっても不慮の事故ではありません。人が列車に飛び込んだのです。「自殺」です。ひと昔前には、これほど多くの人間が自殺することはありませんでした。日本人は一体どうしてしまったのでしょうか。仏教の教えから自殺について説いてみましょう。

仏教では自殺は「悪」だとはいいません。「愚か」だと教えます。何故でしょうか。釈迦は、「人身受け難し」と説いています。人間に生まれることは滅多にないからこそ素晴らしいのだといわれたのです。しかしそう言われても、なかなか実感がわきません。人間に生まれることを喜ぶどころか、つらいことが続くと、「死んだほうがましだ」と思うことさえあるのではないでしょうか。

ある時釈迦が弟子の阿難に、「そなたは人間に生まれたことを、どのように思っているか」と尋ねました。阿難は、「はい、大変喜んでおります」と答えました。続けて釈迦は、「では、どれほど喜んでいるのか」と尋ねますと、阿難は答えることができませんでした。すると釈迦は、「例をもって教えよう」と言い、次のような話をしました。

「果てしなく広がる海の底に、目の見えない一匹の亀がいる。その亀は、百年な一度だけ、海底から浮かび上がってきて、海面に顔を出すのだ。海には一本の丸太ん棒が浮いている。その丸太ん棒の真ん中には、ちょうど亀の頭が入るくらいの小さな穴が開いている。丸太ん棒は、広い海の上を風に吹かれ、波に流されて漂っている。百年に一度、浮かび上がる目の見えない亀が、海面に頭を出した時に、丸太ん棒の穴に頭をすっぽり入れることがあると思うか」阿難は驚きながらもこのように言いました。

「尊師、そのようなことはとても考えられません」釈迦は言う。「絶対に無いと言い切れるか」「広い海に、一本しか浮いていない丸太ん棒の近くに、亀が浮かび上がることは滅多に無いと思います。仮にあったとしても、目が見えませんので、丸太ん棒の穴を目指して浮かび上がることもできないでしょう。

しかし、絶対に無いとは言い切れません。ひょっとしたら、何億年何兆年に一度、あるかもしれません。しかし、全くないといってもよいくらい、難しいことだと思います」釈迦は微笑され、このように諭しました。「その通りだ阿難。しかし、私たち人間に生まれることは、目の見えない亀が、百年に一度、海面に浮かび上がる時に、たまたま丸太ん棒の穴に頭を入れることよりも、さらに難しいことなのだよ」これが、経典に説かれています『盲亀浮木』の例えです。故事成語辞典や国語辞典にも「実現の可能性が、極めてまれであることの例え」として載っていますが、本来は、人間に生まれることが、如何に難しいかを教えた例えなのです。

「今、私が、人間に生まれることができた」ということは、一億円の宝くじが当たったことと比べてても、比較にならないほど大きな喜びがあって当たり前なのです。それほど貴重な命を得ながら、自ら捨てる(自殺)のは、とても愚かな行為だと教えているのです。自分の命は、このように尊く貴重なものだと分かれば、大切にしていこうという気持ちが強くなります。一度しかない人生を充実させたいと、生きる力がわいてきます。自分だけでなく、家族や周りの人の命の重さが分かってくると、相手を思いやり、優しく接することができるようになります。

釈迦は次に、「それほど貴重で尊い人間の命で、何をすべきなのか。どのようにしたら幸せになれるのか」を、生涯かけて教えたのです。このように、全ての人にとって、大切なことを教えたのが「仏教」なのです。

釈 正輪 拜

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