【釈正輪メルマガ3月26日号】日々是好日

【自利利他の大慈悲心】

桜始開(さくらはじめてひらく)の候。

つぼみかたし、つぼみふくらむ。南から北へ、桜前線が通過する季節となりました。

願わくば 花のしたにて 春死なむ
そのきさらぎの 望月のころ

西行

さて、上記は西行法師の死での歌です。西行は平安時代の歌人ですが、もともと宮廷に使える武人でした。しかし戦さの様を見るにつけ、人間の生死儚さを知り若くして出家致します。その後陸奥や出羽に歌枕を訪ねる旅に出ました。

桜を愛し、吉野に草庵を結んだこともあります。その西行法師ゆかりの西行桜は、京都をはじめ、栃木県や千葉県にも見られるようです。西行は満開の桜の下で死にたいと願った通り、その日に往生を遂げた人です。西行忌である如月の望月(満月)は、新暦でいえば三月下旬から四月の初めです。まさに桜満開の時期に当たります。

合掌

仏教は「自利利他」の教えです。「自利」とは自分が幸せになること。「利他」は人を幸せにすることです。私一人が得をして周囲は損をする。或いは他人だけが幸せになって自分は不幸では、自利利他ではありません。自分の幸せが、そのまま他人の幸せとなり、他を幸福にするままが、自分の幸福に繋がる。それが「自利利他」です。
自分も周りの人も皆、幸せになれるなんて、何と素晴らしいことでしょう。

江戸時代の浮世草子の作家・井原西鶴は、「人間は、欲に手足のついた物ぞかし」と言っています。お金や物、名誉地位、人気が欲しい、恋人が欲しい、才能も欲しい、美味しいものが腹一杯食べたい、もっと楽ができたらいいのにと、私たちの日常はそればかり考えているのではないでしょうか。そんな私たち人間が集まってできたのがこの世の中ですから、人間同士上手くいくはずがありません。

欲の本性を仏教では、「我利我利」といい、自分の利益や得になること、楽になることばかり追い求めます。それでは敵を作ったり堕落するばかりで、自分も他人も幸せになれません。我利我利亡者では幸せになれない。実は誰もが気づいているのですが、自分が利益を得たいという心は、どうにもとまらないのです。

衆生苦悩 我苦悩
衆生安楽 我安楽

人々の苦悩は、私の苦しみである。
人々の幸せは私の喜びである。

釈尊

釈 正輪 拜

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