【釈正輪メルマガ2月5日号】

【三世因果の教え】

立春の候。
暖かい陽射しに春の兆しを感じます。立春から始まる新しい年の午前四時頃、井戸から初めて汲んだ水を晒(さらし)に漉した水のことを若水(わかみず)といいます。密教では閼伽(あか)水といいます。

この水は健康や豊作、幸せを招く水とされています。先ずは神さまと仏さまにお供えをします。それから、その若水でお茶を入れたものを福茶といいます。福茶は煎茶やほうじ茶に、結び昆布や小梅などを入れます。

合掌

外からは 梅が飛び込 福茶哉

小林一茶

仏教の根本教理は、実に「三世因果」の教えにあります。これが理解できなければ、仏教は絶対に分かりません。まず「三世」とは、過去世、現在世、未来世のことです。 仏教では一人一人に、この悠久の過去と永遠の未来があり、過去・現在・未来の三世を貫く生命があると説かれています。

「過去世や未来世などあるものか」と言う人もあるでしょう。しかし私たちが生まれたということは、紛れも無い「結果」です。このような結果がどうして生じたのでしょう。自分が十四億人の中国ではなく、一億二千万人の日本に生まれたこと、または江戸時代に生まれた人、平成に生まれた人もいます。明治、大正、昭和に生まれ、無理矢理戦争に駆り出され、虫けらのように殺された若者もたくさんあります。平和な世に生を受けていたら、そんな青年たちの人生は、大きく変わっていたでしょう。地球上、七十五億の人はあっても、生まれた時も所も、容姿も才能も、同じ人は一人もいません。一体、何によって決まったのでしょうか。これについて釈尊はこのように説いています。

「汝ら、過去の因を知らんと欲すれば、現在の果を見よ。未来の果を知らんと欲すれば、現在の因を見よ」(過去にどんな種まきをしてきたかを知りたければ、現在の結果を見なさい。未来、どんな結果が現れるかを知りたければ、現在の種まきを見なさい。分かるであろう。)

これは、現在を見れば過去も未来もみな分かる。悠久の過去と永遠の未来を包含しているのが、現在であるからだと教えられたものです。「善因善果、悪因悪果、自因悪果」の厳粛な因果の道理に従って、私たちの過去世の行為が、現在世の私たちの境界を生み出したのです。当然、過去世があるように、私たちには未来世があります。

原因が変わっても結果は同じだという主張は、三世十方を貫く「因果の道理」を知らない妄言です。現在世の行為の結果が、たとえ現在世で現れなくとも、必ず「未来世」に現れますから、「三世因果」は三世十方を貫く真理であるとするのが仏教なのです。

この三世因果の道理が正しく理解されますと、如何に「現在」が大切かが知らされます。過去世とは、つきつめれば去年であり、昨日であり、前の一時間であり、吐いた息が過去になります。現在世もつきつめれば今年であり、今日であり、今の一時間であり、今の一息が現在の当体となります。未来世も、来年となり、明日となり、一時間先となり、吸う息が未来となります。

ですから仏教の三世とは、吸う息、吐く息の中にあるといいます。念々のうちに三世が収まっているのです。故に、ただ今の一念を徹見すれば、昿劫(こうごう・果てしない長時間)の間、流転してきた自己も明らかになるし、未来の一大事も知らされることになります。

「『自身は、現にこれ罪悪生死の凡夫なり、昿劫より己来(このかた)常に没し、常に流転して、出離の縁有る事無し』と深信す」
(現在、私は極悪最下の者である。果てしない過去から苦しみ続け、未来、永遠に救われることのない者と、はっきり知ることができた)

善導大師

現在の救い無くして未来はない。現在が救われれば過去も変わるのだ。

釈 正輪 拜

開催時の様子を動画で紹介

2019年1月16日「価値観の多様性」

2019年1月16日「改めて思う仏教の大切さ」

2019年1月16日「人というのは何者なのか?」

2018年8月9日「私という人間を認めてくださる方に出会うか否か」

2018年8月9日「お坊さんの役割」

2018年8月9日「歴史にはいろんな考え方がある」

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