日々是好日(194)

日々是好日(194)

【釈正輪メルマガ11月25日号】日々是好日

(2014/11/25配信)

【新嘗祭と勤労感謝の日】
 
 小雪の候。
裏山の公園に一本だけ桜が植わっています。その桜、最近の暖かな日射しに、春と勘違いして早咲きしてしまいました。朝夕には必ず眺めてしまう山桜です。
 
 寒さが進み、霜がおり雪が降りはじめるころなのですが、この時期、時折小春日和の暖かい日があります。そうすると、稀に帰り花や忘れ花などのように、狂い咲きの花が見うけられます。
 
 ところで十一月二十三日の勤労感謝の日は、もともと秋の収穫に感謝を捧げる『新嘗祭』の祭日でした。
 
 新嘗祭とは、その年に収穫された新米や新酒を、天地の神さまに捧げ、神と人が五穀豊穣を一緒に祝う、日本人には欠かせない祭礼行事の一つで、一説には飛鳥時代からともいわれるほど、古くからある神事で、いまでも宮中や伊勢神宮などの官幣大社(古くは神祇官から、明治以降は皇室から幣帛を奉った、社格の高い神社。)では行われています。
 
                                                     合掌
 

天つ風 雲の通ひ路(か
よひじ)吹き閉ぢよ
をとめの姿 しばしとゞめむ
 
         古今和歌集 僧正遍照

 
 米や麦などは古代シュメールやメソポタミアを起源としていますが、其れらは神と人を結びつける神縁なるものとして崇められてきました。よって古来より日本人は、「食べる」という行為を神聖なものと捉え大切にしてきました。神道の祭式は、突き詰めれば、食事を儀礼化したものです。食事を通じて、神の存在を感じ、その恵みに感謝し、命の大切さを思い、生かされているという謙虚な気持ちを確認してきたのです。 
 伝統的に、日本人が食事の前に言う「いただきます」という言葉には、そうした意味が込められています。
 
 しかし現代では、食事はせいぜい人と人との交流の場にすぎなくなり、自分の存在の根源や背景に思いを馳せるという意味合いは大変薄れてきてしまいました。それどころか、人間同士の交流さえも希薄化し、家族ばらばらで食事をするという家庭も珍しくないようです。こうした風潮の中にあるからこそ、食べるという行為の持つ意味があらためて思い出されるべきなのでしょう。
 
 新嘗祭と勤労感謝の日は、永遠に神と人間との「契約」の証を認識する大切な日なのです。
 
                                               釈 正輪 拜


Source: 釈正輪メールマガジン

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