日々是好日(196)

日々是好日(196)

【釈正輪メルマガ12月9日号】日々是好日

(2014/12/9配信)

【貧者の一灯】
 
 大雪(たいせつ)の候。
昔の日本人はよく知っていました。ふとした瞬間の新しい季節の訪れを。
 
 それを春夏秋冬の四季の他に、二十四の気という季節に分類し、更にそれを七十二もの候に分て、季節の移ろいを表現しました。
 
 二十四節気の中で、小雪の次は大雪です。大雪とはいよいよ本格的に雪が降り出すころを言いますが、何と大雪に入るやいなや、日本上空付近の偏西風の北側にある寒気が、偏西風が南に蛇行したことで、一気に寒気が南下し、とても強い冬型の気圧配置となり、東北や西日本の日本海沿岸部では大雪となり、一部地域では甚大な被害も出ています。
 
                                                    合掌
 
 

私の幼少期には雪は静かに降って来たものですが、昨今ではいきなりの豪雪です。ゆっくり雪化粧や雪景色を楽しむなどといった、情緒は感じられなくなりました。
 
 皆さんは雪の結晶を見たことがありますか。雪の結晶はまるで華のようです。「雪の花、六華(りっか)、銀花」と昔の人は呼んでいました。また降り積もった一面の雪景色を眺める雪見は、江戸時代の粋な人に好まれたそうです。
 
 木やポストの上にちょこんと積もった雪を冠雪といい、木の枝から雪が滑り落ちることを垂雪(しずりゆき)といいます。

 
   雪の日も小窓をあけてこのひとと
   光をゆでる暮らしをします
 
              雪舟えま

   
 ところで後二週間もするとクリスマスです。街では早くもイルミネーションが飾られています。私はこの時期になるとアンデルセンの「マッチ売りの少女」やウィーダの「フランダースの犬」を思いだします。何れも誰もが知っている、幼い貧しい少女と少年のお話です。悲しい事に彼等の最後は、「幸せな笑顔」で亡くなって逝くのですが、如何にも「イエスの死」を彷彿させる結末です。
 
 仏教には之と対比する話しがあります。お釈迦さまの時代に、ナンダという貧しい女性がいました。彼女は乞食(こつじき)しながら命をつないでいました。 
 ある日、町の人々がお釈迦さまに灯を布施するのを見てこう思いました。みんなは仏さまに布施をして仏縁を深めているのに、貧しさ故に自分は出来ない。そこでナンダは、自身の為ではなく、お釈迦さまへの布施のために乞食しますが、なかなか誰も恵んでなどくれません。
 
 やっと1人の慈悲深い人からわずかなお金を恵んでもらい油屋に急ぎました。しかしナンダのお金では一灯分にもなりませんでした。無理を承知で懇願するナンダに店主は尋ねました。
 
 彼女は言いました。「ほんの少しでもお釈迦さまに灯を布施をさせて頂きたいからです」と。ナンダの尊志に感動した店主は、足りない分を自分が布施をし、ナンダに油を分けたのでした。そしてナンダは一灯を寄進することがでました。
 
 貧者の一灯ではありましたが、その灯火は万灯の中でひときわ明るく燃えていたといいます。翌朝、仏弟子の目蓮が消そうとしますがどうしても消えません。 
 お釈迦さまは言われました。「おまえの力ではあの火を消すことは出来ない。たとえ大海の水を注ごうとしても燃え続けるであろう。なぜなら、あの灯は海よりも広大な布施の心から灯されたものであるからだ」と。
 
 年末になり街頭募金も活発になります。私たちは生活に苦しむ人に、まとまった義援金を出さなければならないと、つい思ってしまいますが、少年少女が欲しい物を我慢し節約し、毎月のお小遣いを精一杯貯めて集めた、五百円や千円の布施する心が何よりも大事であることを、よく知っていただきたいと思います。
 
                                                   釈 正輪 九拜
 


Source: 釈正輪メールマガジン

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