生きる意義「苦海からの解放」(2016年2月23日)

山の雪がゆっくり解けだし、田畑や人を潤す「雨水」のころとなりました。降る雪が霙(みぞれ)や雨へと変わり、「一雨ごとに春が来る」と、昔の人は言いました。早春の雨は発芽を促し、植物たちは萌芽へ向けての準備を始めます。

寒かった北風が終わり、時折吹く東風や南風に心躍らせますが、変わりやすい天気でもあります。女心の変化みたいですから注意が必要です。

女心と秋の空*
変わりやすきは人の常
それを信じるバカもいる

ルイ14世

※女心と春の空とも言うそうです。

合掌

昨今のニュースでは、わが子への度を超した虐待と殺人や、わが子を道づれに無理心中など、筆舌に尽くしがたいものが多くあります。自殺や殺人なども心を痛めますが、若い母親が幼きわが子と自殺をはかるなど、虚しさと絶望感をおぼえます。この国はいったいどうなってしまったのでしょうか。

ところで人はなんのために生まれ、生きているのでしょうか。人生は苦しみの波の絶えない「難度海・苦海」とかいわれます。家康は人生は「重荷を負うて、遠き道を行くが如し」と一生を述懐し、ゲーテは「…私の生活は苦痛と重荷にすぎなかった…」と嘆き、漱石は「人間は生きて苦しむ為の動物かも知れない」と妻への手紙にしたため、芥川は「人生は地獄よりも地獄的である」と愁嘆しました。

そして釈迦は言いました「人生は苦なり」と。しかしその言葉の真意は、苦悩を超越したもののみが発する至玉の言葉なのです。私たちは決して、苦しむために生まれてきたのではありません。そして苦しむために生きているのでもありません。

「人生は苦なり」の実相を見つめ、苦に染める元凶は何かを正しく見極めてこそ、安楽無上の人生が開かれるのです。苦悩の根元の究明が、人類最大の急務といえましょう。全ての人間の究極の願いは、苦悩をなくして、如何に明るく楽しく難度海の人生を渡るかに尽きるのです。

難思の弘誓は、難度海を度する大船。無碍の光明は、無明の闇を破する慧日なり。

教行信証・親鸞

弥陀の誓願は、私たちの苦悩の根元である無明の闇を破り、「よくぞ人間に生まれたものぞ」と生命の大歓喜を得て、苦しみの波の絶えない人生の海を、明るく楽しくわたらす大船である。この船に乗ることこそが人生の目的なのだ。

釈 正輪 拜

開催時の様子を動画で紹介

2019年1月16日「価値観の多様性」

2019年1月16日「改めて思う仏教の大切さ」

2019年1月16日「人というのは何者なのか?」

2018年8月9日「私という人間を認めてくださる方に出会うか否か」

2018年8月9日「お坊さんの役割」

2018年8月9日「歴史にはいろんな考え方がある」

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