無明の闇(2016年1月19日)

大寒の候。

一年でもっとも寒さの厳しいころとなりました。大寒は、新暦一月二十日頃から二月三日頃までといわれますが、陰暦の十二月を「春待月」ともいわれるように、春を待ちわびながら、最後の厳しい寒さを乗り切ろうとする、気持ちのあらわれでもあります。このころから、日がしだいに長くなっていきます。

合掌

冴ゆる夜の こゝろの底に ふるゝもの

久保田万太郎

先週末スキーツアーの夜行バスが横転し、多くの若人の命が亡くなりました。痛恨の出来事が列島を震撼させました。彼らの魂はどうなるのでしょうかと、私に問う方がおられます。

仏教に「無明の闇」という言葉がありますが、その無明の闇とは、「死んだらどうなるか分からない、死後に暗い心」を言います。

「門松は 冥土の旅の 一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」(冥土への旅人、一休)

冥土とは死後の世界のことです。人生は冥土の旅に違いありません。一日生きれば一日死に近づいています。たとえ、世界の時計を止めても、それは止まらないのです。それこそ宇宙最大の「真理」なのです。百パーセント堕ちる飛行機に乗る人はいませんが、私たちは生まれたときから、そんな飛行機に乗っているのです。

死んだらどうなるのか、死後の世界は在るのか無いのか、実のところ私にもわかりません。只、確実なのは「死ぬ」という事実があることです。

世の中の人は、目先の事ばかりに心うばわれて、無明の闇を破る人生の大事を知りません。釈尊が警鐘乱打する仏教の理とは、無明の闇を苦悩の根元と断言し、これを破って無尽の法悦を得ることこそ、人生最大の目的だというのです。

世人薄俗にして、共に不急の事を諍う

大無量寿経

釈 正輪 九拜

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