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釈正輪回顧録 7.夏の光2

釈正輪回顧録 7.夏の光2

私は腰を上げて、熊笹に囲まれた登山道を下り始めた。 御坂峠に差し掛かると、あたりは杉や檜などの人工林だ。 この先に峰稚児(みねちご)神社がある。大きな岩の上に立てられた小さな祠だ。 高賀神社の奥の院として、かつては多くの修験者が訪れた。 江戸時代には円空上人による雨乞いの祈祷が行われたという記録もある。 私はここでも法螺貝を吹き祝詞を挙げた。

登山道を五合目まで下ったところに不動の岩屋がある。中に入り蝋燭を立て読経をする。 しばらくの間、姿が見えなかったマムシたちが、また現れるようになった。マムシは三匹おり、それぞれの縄張りである岩の間に寝そべっていた。当初はとぐろを巻き警戒する様子を見せていたが、私が毎日そこに現れることがわかると、体をだらりと伸ばし鎌首をもたげることもなく、静かに私の読経を聞いていた。

岩屋を出て沢沿いの坂道を下る。足で岩を捉えて降りるのだが、毎日繰り返しているうちに、どこにどんな石があるかすっかり覚えてしまった。いまでは目をつぶっていても歩くことができるほどだ。
暑さで汗をかいていたが、岩の下を流れる水の音が涼しげで心地よい。

藪の中で猪が地面を掘っているのが見えた。ウリ坊を二匹連れているからメスだろう。 そのウリ坊がとてもかわいいのでしばらく見とれていたが、親猪が気配に気がついてこちらを見たので、あわてて足早にその場を立ち去った。野生の動物は目を合わせると危険だ。

途中、双葉葵(ふたばあおい)が群れて生えている場所を通ったが、葉っぱが食べられていて葉柄だけが残っていた。おそらく鹿だろう。 秋に日本カモシカが五、六頭で群れを作っていたのを目撃した。群れを見るのはとても珍しいことだ。

沢に小さな渡し木がかかる場所があり、その近くの岩の上でガマガエルが私を出迎えた。一匹の同じガマガエルがいつも同じ岩にいて、私が近づくと必ずホーッと鳴く。
このガマガエルの頭を撫でるのが私の日課だった。ガマガエルの皮膚はぬるっとしていて、確かに油を出しているようだった。ガマの油というのは本当に効くのか試してみようと、笹の葉で切った腕の傷に塗ってみたことがあるが、真っ赤に腫れ上がってしまった。ガマの油の口上はあまり信用がおけない。

木の上から山蛭が落ちてきた。山蛭は、私が下を通ると狙い定めたように首筋から背中に入った。私が山を降りて装束を脱ぐ頃には、沢山の血を吸い、真っ赤に膨れあがっていた。多いときには二十匹もの蛭が体に張り付いていた。吸われた後の痛みもさることながら、白い装束が赤く血で染まるのが困り物だった。

沢地を抜けると人工林が続く。現在の高賀山は、杉や檜などの針葉樹の植林が進み自然林が少なくなっている。人工林には野生の動物が住むことができない。最近はこれらの動物らが里に現れて、作物を荒らしているという。山奥に食べ物がなくなったせいだ。林道を通す計画が修行をしているこの時期に始まったが、それが出来ることによる自然破壊を思うと私の心は痛んだ。

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